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映画は少林寺拳法をこすります:ヴァレリーカリビアンインタビュー

映画は少林寺拳法をこすります

映画は少林寺拳法をこすります:ヴァレリーカリビアンインタビュー

自分の生活の半分を、他人に捧げることのできる人は多くないと思います。 しかし、このことは少林寺拳法の基本原則であり、大事なことなのです。自分の生活は半分を自身の為に、半分を他の人に捧げなさい。というこの教えの真髄は、色々な生活苦を超越して、他の人を助けられる強い人間を育てることにあります。そして、少林寺拳法は心身一如と言って、ただ戦う為の練習だけではなく、道徳心を育てて、自然、社会、自分と調和して生けるよう説いているのです。

現在、格闘技の人気は下降気味です。人々の生活水準が向上していることは、1つの理由でしょう。また、人は便利さや安易な方を好みます。でも、少林寺拳法の奥義には便利や安穏といった言葉はありません。少林寺拳法の会得は難しく、会得するまでに長年がかかるのです。二ヶ月間といった短期で結果を出すことができない点は、人気の出ない理由の一つかも知れません。

Валерий Карибьян - двукратный чемпион Европы по Сёриндзи Кэмпо | Shorinji Kempo Russia 少林寺拳法

私が少林寺拳法を始めたとき、1分でも遅刻したら、道場のドアが閉まっていて、中に入れませんでした。これは現在の私の弟子達には想像もつかないことでしょう。 また、稽古が終われば皆憔悴仕切っていました。例えば、40人が一列に並んで数を数えながら、高速の打撃を練習するのですが、400回も繰り返すと皆の身体はヘトヘトになります。しかし、疲弊した身体とは裏腹に、精神的には鋼鉄のように強くなっている自分を感じるのです。 しかし、現代社会は、このような気骨さや反骨心を辛抱強く養うしかありません。




勤勉、自信、公正、奉仕の精神を育てることは大切であり、少林寺拳法はそれらを会得する為に生み出されたのです。 私は、何のために道場へ来たのかと言う質問に対して、未だに正確に答えることが出来ません。ただ、稽古に初めて来た日に、恐らくこれは私の道だ、少林寺拳法こそは私の道だと漠然と感じたのです。

私は、22年間少林寺拳法の修行をして来ましたが、ただの趣味や余暇とは言えるものではありません。それは私が一番良くわかっていて、少林寺拳法は私の生活そのものになっています。そして、修行をすることで、生活上の様々な問題や困難は克服出来るものと信じています。道を極める為には、その気概が必要なのです。

私は師範ですが、人間です。他の人と同様に不完全であり、ときどき間違いを犯します。しかし、不完全でも、歯を食い縛って自分の目標に立ち向かうのか、妥協してしまうのか、どちらが正しいのでしょう? 妥協すれば、確かに楽ですが、道はあくまで極めなければならないと考えます。これは、非常に難しい問題ですし、答えも人によって違うでしょう。 この答えを探す為に、私が生きているうちは、また、少林寺拳法を修行しているうちは、皆さんの為に道場のドアをいつも開けておきたいと思います。

ビデオ版

Shorinji Kempo Moscow

Японское боевое искусство Сёриндзи Кэмпо. Москва, Шаболовка 23к3. Тел.: +7 (985) 769 62 15

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